エステルの性質と反応
エステルとは、有機酸または無機オキソ酸と、アルコールから水を失って生成した(脱水縮合)と考えることのできる化合物を言います。一般的にエステルというときには、カルボン酸エステル(R1CO-O-R2)のことを指します。
このページでは、エステルの構造と性質、命名法、エステル化、加水分解反応について説明しています。
もくじ
エステルとは
エステルとは、有機酸または無機オキソ酸と、アルコールから水を失って生成した(脱水縮合)と考えることのできる化合物を言います。これには硝酸エステルや硫酸エステルも含まれますが、一般的にエステルというときには、カルボン酸エステル(R1-COO-R2)のことを指します。
カルボン酸エステルは、下に示したようなエステル結合(R1-COO-R2)を持っています。
一般に、低分子量のエステルは芳香を持つ液体として知られています。例えば、酢酸とエタノールから生じる酢酸エチルは、パイナップルのような芳香を持つ無色の液体です。
無機酸エステルの例
無機酸エステルの例としては、グリセリンとの硝酸エステルであるニトログリセリンがあります。これは、グリセリンに混酸(濃硝酸と濃硫酸の混合溶液)を低温で反応させると得られます。
このような物質を硝酸エステルといい、広義のエステルに含まれます。
ニトログリセリンには強い爆発性があり、ダイナマイトの原料として使用されます。また、血管を弛緩させる働きもあり、心臓病の薬として用いられます。
以下、このような無機酸エステル以外の、一般的なカルボン酸エステルについて述べます。
エステルの性質
エステルは中性の分子で、水には溶けにくいが、有機溶媒には溶けやすいという性質があります。エステル結合には極性がありますが、その両端を疎水基にはさまれているため、分子全体としては疎水性を示します。
分子量の小さいエステルは揮発性で果実のような芳香持つ液体です。例えば、酢酸オクチル CH3COOC8H17はオレンジに、酪酸エチル C3H7COOC2H5 はパイナップルに含まれています。
また、エステルと異性体の関係にあるカルボン酸に比べ、エステルの沸点は低いという性質があります。これは、カルボン酸が分子間で水素結合を作るのに対し、エステルは分子間水素結合をつくらないためです。
エステル化反応と加水分解反応
エステルは、カルボン酸とアルコールから水 H2O が取れる(縮合)ことによって生じる化合物です。このようにしてエステル結合が生成する反応を、エステル化といいます。
例えば、酢酸とエタノールの混合物に触媒として少量の濃硫酸を加えて加熱すると、酢酸エチル(CH3COOC2H5)というエステルが生じます。
この反応では、硫酸から生じるH+が触媒として働いています。(反応機構については、「エステル加水分解の反応機構」を参照してください(大学生レベル))
この反応は可逆反応であるため、エステルに希塩酸または希硫酸を加えて加熱すると、H+が触媒として働いて、上式の右から左への反応が進行します。すなわち、エステルから酸とアルコールが生成します(エステルの加水分解反応)。
また、エステルにアルカリを加えて温めると、カルボン酸の塩とアルコールが生成します。この反応を特に、けん化といいます。
エステル化の反応機構
エステル化反応で脱離する水を構成する酸素原子は、カルボキシル基 -COOH から由来の酸素原子であることが実験により確かめられています。
この実験は、酸素の同位体18Oを多量に含むエタノールを用いてエステル化反応を行うものです。生じたエステル中には18Oが多量に含まれた一方、脱離した水には天然比以上の18Oが含まれていなかったことから、エステル化はカルボキシル基 -COOH のOHとヒドロキシ基 -OH のHが脱離する反応であることが分かりました。
大学生レベルの詳しい反応機構は、「エステル加水分解の反応機構」をご覧ください。
加水分解と化学平衡
エステル化反応は、C-O と O-H の結合が切れると同時に、生成する反応です。よって、反応物と生成物のエネルギー差がほとんどないため、平衡反応となります。すなわち、反応が完全に進行することなく、平衡状態となります。
エステル化反応を十分に進行させたい場合は、ルシャトリエの原理に従い、生成物の水を反応系から取り除いて平衡を右に傾ける必要があります。
このために、触媒の H+ の供給源としては濃硫酸を用います。濃硫酸は H+ を供給するとともに、生成する水を水和する(脱水作用)ため、平衡を右(エステル側)に傾けることが出来るのです。
また、反応物を過剰に用いることでも、平衡を右(エステル側)に傾けることが出来ます。
エステルの命名法
日本語の名称
エステル R1COOR2 の名称は、元となる酸 R1COOH の名前の後に R2 基の名称を続けます。
例えば、酢酸とエタノールからできるエステルの名称は、酢酸エチルです。このように、酸の名前「酢酸」に続け、アルコールの R2 にあたる「エチル」基を続けて読みます。
英語の名称
英語でエステル R1COOR2 を命名する際は、アルコール由来の R2 基の名称に続け、酸の名称を続けます。ただしこのとき、酸の "ic acid" を "ate" に置き換えます。
例えば、酢酸 "ethanoic acid" とエタノール "ethanol" からできる酢酸エチルは、 "ethyl ehanate (ethyl acetate)" となります。
環状エステル
環状エステルはラクトンと呼ばれ、体系的命名法では、「2-オキサシクロアルカノン」と命名されます。
慣用名では、炭素鎖の長さをカルボン酸の慣用名で表し、カルボキシ酸素に結合している炭素をギリシャ文字で表します。
例えば、五員環ラクトンは2-オクサシクロペンタノン(γ-ブチロラクトン)となります。
油脂とセッケン
エステル結合を持つ身近な物質として、油脂があります。また、この油脂をけん化したものはセッケンとなります。
油脂
グリセリン C3H5(OH)3 と脂肪酸からできたエステルを油脂といいます。油脂は、植動物の体内に存在しています。
油脂の構造は、次のような一般式で表されます。
セッケン
油脂に水酸化ナトリウム水溶液を加えて加熱すると、油脂はけん化されてグリセリンと脂肪酸ナトリウムになります。この脂肪酸ナトリウムのことをセッケンといいます。
エステル加水分解の反応機構
ここでは、エステル加水分解反応の反応機構を、メチルエステルを例として示しています。反応機構を示す「曲がった矢印」の書き方を学習するのは大学に入ってからなので、以下、大学レベルの内容となります。
酸触媒を用いるか、水酸化物イオンを用いるかで反応の機構は異なります。
酸触媒による加水分解
酸触媒による、エステル加水分解の反応機構は、以下の通りです。
酸によりカルボニル酸素がプロトン化される。
カルボニル炭素に対して、水の非共有電子対が求核攻撃をする。これにより、四面体中間体が生成する。
脱プロトン化が起こる。
別の酸素原子上で、再びプロトン化が起こる。
OH-より弱い塩基である、CH3OHが脱離する。これによりアルコールを生じる。
脱プロトン化によるカルボン酸の生成とともに、触媒である酸が再生する。
水酸化物イオンによる加水分解
水酸化物イオン触媒による、エステル加水分解反応の反応機構は次の通りです。
水酸化物イオンがカルボニル炭素に求核付加し、四面体中間体を生じる。
メトキシドイオンが脱離する。メトキシドイオンは水酸化物イオンと同程度の塩基性であるため、反応は可逆的である。
RCOO-より強塩基のCH3O-が、カルボン酸からプロトンを引き抜く。