サリチル酸の構造・性質・製法・反応
サリチル酸は、示性式 o-C6H4(OH)COOH で表される物質で、ベンゼンのオルト位にヒドロキシ基とカルボキシ基が結合した構造をしています。防腐剤、医薬品など身近に用いられる重要な物質の一つです。
このページでは、サリチル酸の構造・性質・製法・反応について説明しています。
もくじ
サリチル酸の構造と性質
サリチル酸は、ベンゼンのオルト位にヒドロキシ基 -OH とカルボキシ基 -COOH が結合した物質です。
分子式 | C7H6O3 |
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示性式 | o-C6H4(OH)COOH |
分子量 | 138.1 |
融点 | 159 ℃ |
沸点 | 211 ℃(20 Torr) |
酸解離定数 K1 | 1.8×10-3 mol L-1 |
酸解離定数 K2 | 4.0×10-13 mol L-1 |
サリチル酸は、白色の針状結晶で、冷水には溶けにくいが、熱水には溶けて中程度の酸性を示します。
ヒドロキシ基 -OH とカルボキシ基 -COOH の2つの官能基を持つため、フェノール類とカルボン酸の両方の性質を示します。たとえば、フェノール同様に、塩化鉄(Ⅲ)FeCl3によって赤紫色に呈色します。
また、カルボン酸としてはメタノールと反応してサリチル酸メチルというエステルを生成します。一方、フェノール類としては無水酢酸と反応してアセチルサリチル酸という酢酸エステルを生成します。
医薬品としてのサリチル酸
サリチル酸には解熱、鎮痛作用があります。これはサリチル酸が、発熱、頭痛、炎症に関与するプロスタグランジンと呼ばれる局所ホルモンの合成を阻害することで、痛みが神経を通して脳に伝わりにくくするためであるといわれています。
ただしサリチル酸は強い酸であるため、そのまま飲用すると胃を刺激してしまいます。そこで、酢酸エステルの形にしたアセチルサリチル酸(商品名:アスピリン)にすることで酸性を弱めたものが薬として使用されています。なお、アスピリンは塩基性である胃の中で加水分解され、サリチル酸ナトリウムの形で吸収されます。
なお、天然には白ヤナギ(ラテン語:salix)の樹皮中にグルコースとのエステルであるサリシンの形で存在しています。古くからヤナギの樹皮中には解熱作用があることが知られていましたが、19世紀半ばに、その有効成分がサリチル酸であることが分析によって分かりました。
サリチル酸の製法
サリチル酸は、Kolbe-Schmitt(コルベ-シュミット)カルボキシ化反応と呼ばれる反応により合成されています。これは、フェノラートイオンに高温・高圧下で二酸化炭素を作用させてサリチル酸ナトリウムにし、これに酸を加えてサリチル酸にする製法です。
Kolbe-Schmitt カルボキシ化反応の反応機構は次の通りです。
フェノキシドイオンにより電子密度が高まっているベンゼン環に対し、二酸化炭素が求電子に付加する。
塩基により、プロトンが引き抜かれる。これによりベンゼン環が再生するため、芳香性が戻る。
-COO- より塩基性度の高いフェノキシドイオン -O- が先にプロトンを受け取る。これにより、サリチル酸ナトリウムが生成する。
酸を加えることで、カルボン酸イオン -COO- がプロトンを受け取り、サリチル酸が生成する。
サリチル酸の反応
サリチル酸は、フェノール類とカルボン酸の両方の性質を示すため、それぞれに特有の反応をともに示します。
塩基と反応すると、まずは酸性の強い(H+を放出しやすい)カルボキシ基が中和されます。続いて、酸性の弱いフェノール性ヒドロキシ基が中和されます。
カルボン酸としての反応
サリチル酸とメタノールを濃硫酸触媒で反応させると、カルボキシ基がメチルエステルになったサリチル酸メチルが生成します。これは、カルボン酸としての性質です。
サリチル酸メチルは芳香のある油状の液体(融点 -8.6 ℃、密度 1.18 g cm-3)です。商品名サロメチールと呼ばれ、筋肉などの消炎鎮痛剤として湿布などの外用塗布薬に用いられています。
サリチル酸メチルにはフェノール性ヒドロキシ基が残っているため、塩化鉄(Ⅲ)水溶液と反応して赤紫色を示します。
フェノール類としての反応
サリチル酸と無水酢酸を反応させると、ヒドロキシ基 -OH の H がアセチル基 -COCH3 に置換されたアセチルサリチル酸が生成します。これは、フェノールとしての性質です。
アセチルサリチル酸は白色の針状結晶(融点 135 ℃、溶解度 1 g / 100 g 水(37℃))です。商品名アスピリンと呼ばれ、解熱・鎮痛剤として用いられています。
なお、この反応はエステル結合を生成する反応なので、エステル化と呼んでも構いません。しかし今回の反応ではサリチル酸をメインに考え、サリチル酸の-OH基のHがアセチル基-COCH3で置換されたとみて、アセチル化と呼んでいます。
分子内エステル(ラクトン)は生成しない
サリチル酸は互いに近いオルト位に -COOH と -OH が結合しているため、加熱すると分子内脱水反応を起こして環状の分子内エステル(ラクトン)が生成することが考えられます。
しかし、このように反応してできるラクトン環は四員環であり、環状ひずみが大きく不安定なので、実際には生成しません。